酒専門店 知多繁 楽天市場店

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磐城壽を醸す鈴木酒造店さんは福島県浪江町にありました。

3mほどの堤防を挟むとそこは太平洋。日本一海に近い酒蔵として地元を中心に首都圏でも人気を博す名酒を造っていました。

2011年3月11日、その日はちょうど甑倒しの日でありました。
甑倒しとはその年の最後のお米を蒸すという節目の日で、その日はどこの蔵でもお疲れ様の酒盛りをするのです。
午前中に仕事を終え、ほっと一息という時間に地震は起こった。蔵元の鈴木大介氏は大きな揺れでもろみがこぼれるのを目の当たりにしながら家族を高台に非難させ、自身は消防団員として町の人の非難誘導にあたった。 10メートルの津波が町を襲った。蔵はすべて流されてしまった。 家族は翌日には山形県米沢市へ非難し、自身も3日後には米沢に着いた。


途方にくれていた4月のこと、震災前に分析を依頼していた会津若松の工業技術センターに山廃酒母の家付き酵母が残っていることを聞かされる。
同じ福島県の國権酒造さんの申し出でその酵母を使って1本だけ酒を造ることができた。噂を聞きつけた浪江町の人たちがわざわざ買いに来てくれたという。
その人たちに大いに励まされ、他の場所での酒造りを決意する。

候補地を探した。できれば福島県内で再開したい、会津地方を候補に新築でという計画もあったが免許が下りるのに時間がかかり、再開がいつになるか分からないという。
そこで避難先の山形県の知人から、廃業予定の蔵を紹介された。その蔵は山形県長井市にある「東洋酒造」という。敷地は少々狭いが他の条件は申し分ない。ここで酒造りを再開することに決めた。

普通酒を多く造っていた東洋酒造のタンクは大きすぎた。大きなタンクをすべて搬出し、小さいタンクを入れた。
かねてから思っていた小さいタンクでの酒造りではもとの生産量を維持するのに冬場だけの生産では追いつかない、そこで夏場まででも酒造りができるように作業場所はすべて冷蔵庫に改造した。

多くの設備投資が必要だったが山形県に移住したため、義捐金を受け取ることができない。しかし山形の銀行が無担保で融資をしてくれた。それに加えて全国の知り合いの蔵からタンクを譲ってもらったりして何とか酒造りの体制が整った。そして2011年10月、新天地での酒造りが始まった。

福島と山形、隣の県とはいえ気候が全く違う。海沿いの浪江町は雪はほとんど降らなくて、比較的乾燥していた。しかし山形の内陸部にある長井市はとにかく雪が降る。そして常に湿度が高い。

気候の違いは酒造りの肝である麹造りに大きな影響を与えるが試行錯誤を重ね、何とか思い通りの麹を造れるようになった。
そして12月、仕込み1号を上槽することができた。
できたお酒は不思議な事に浪江で造った磐城壽と同じ香りがする、との声が多かった。

磐城壽の第二章がやっと始まった。。

ひとつ言っておきたいのは震災からの復興を応援する気持ちは少なからずあるとしても、それだけでは無いということ。お酒が美味しいから皆さんに是非ご紹介したいといことです。

このお酒はイマドキの派手な香りのするお酒ではありません、お米の旨味、麹の香りが心を揺さぶるお酒です。

じっくりと食事と一緒に飲んでいたて、気が付いたら何杯も飲んでしまった、そんな落ち着いたお酒です。
お燗が特にオススメです、寒い時期にはとにかくオススメしたいそんなお酒なのです。

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